永夜譚 SideB
- 商品コード
- 2000000060637
- 商品名
- 永夜譚 SideB
- サークル
- かのね屋
【作家】D
【発行日】2010/08/14
【サイズ】A6判(文庫)
追放された姫は穢れた地上で偽りの生を生きる。
その美しさと狂気をその身に孕んだまま。
永遠の命をその身に宿したまま。
(本文一部抜粋)
/月の都
月にはうさぎが住むという。
うさぎは弱った老人に自らの身を捧げ、心打たれた帝釈天はうさぎを月へと昇らせた。
月はうさぎの住まう場所となり、月へ昇ったうさぎは餅を搗きながら雑多な地上の営みをただ優しく見守っている。
そう。
『月』はいつの世も手の届かぬ場所として天空にあった。
月を見上げる者たちは、その姿に多くの物語を綴(つづ)り、多くの恋歌を生み出し、多くの狂気を
見出してきた。
月の無い史実は無く、月の無い夜も無い。
人々の心を捉え続ける永遠の恋人のようなその存在。
無論、人間以外の者達にとってもそれは変わらぬ対象であり、そして人間以上に大切な存在でもあった。
常に隣にありながら、交わることの無い世界。
交わることがない故に、うさぎが餅を搗き煌々と夜を照らすその姿の向こう側に、本当の月の世界があることを人々は知らなかった。
その中で月は人間界とも幻想郷とも違う独特の文化を構築していった。
月の世界は地上の文明よりも、科学においても魔法においても進んでいたし、遅れてもいた。
それは地球のように雑多なモノを内包していない月だからこそ、無駄なものを排した結果なのかもしれない。
必要なものはより高度に、必要の無いものは驚くほど遅れたその文化様式は、それ故に神秘として地上に生きるものには見えるのだろう。
無論、普通に見ることが出来るものではなかったが。
ただ、決して手が届くことの無い存在に憧れ、一心不乱に片思いに耽(ふけ)っているのは地上に住
む者たちだけで。
月の住人にとって地上は穢れた場所であった。
地上の穢れは有象無象(うぞうむぞう)の生物を生み出し、月の狂気もまた地上に数多の妖怪を生み出した。
多くの影響を及ぼしながらもなお、ただ天空より見つめるだけの存在。
あくまで手は出さず、ただの傍観者(ぼうかんしゃ)として夜を映し出す存在。
その影響の代償を月に求めるのは果たして正しいのか間違っているのか。
月は地上に関心が無く、眼下に佇むその青い星を、景色の一端としか見ていない。
しかしそれでも無意識の罪が罪ではないと、誰も言うことは出来ないだろう。
月は地上に対して多くの影響を与えすぎた。
人々の狂気と憧れは、ついには月への進出を許し。そしてまた妖怪の中にも月への侵略を試みた者もいた。
ただの傍観者は無理矢理舞台へと担ぎ出され、そうして月は地上との望まない交流をしていくこととなる。
ただそれでも。
人間の侵略はあくまで月の表にのみ行なわれ、本当の月である裏側の月の都へは、科学を持って月へ飛来した人間では到底到達できないだろう。
そして秘術を持って侵略を試みた妖怪は、それ故に月の住人に敵うはずはない。
なぜなら地上の妖怪の多くは月からの魔力を源としているためだ。
純然たる月の住人は狂気を操り、ありえないほどの魔力と神秘をもって地上の妖怪をあしらった。
そうして月は今も平穏を保っている。
傍観者として見下ろすその先で、自らが産み落とした数個の種が地上に異変を起していることに気が付かないふりをしながら。
地上に降りた姫君と、天才と謳われた従者。
そして月を逃げ出した一人のうさぎ。
平穏を望むゆえに彼女たちが起した異変を、月はただ穏やかに見守っている──────
────── 地上に這(は)い蹲(つくば)って生きる民を蔑(さげす)みながら。
サンプル画像
【発行日】2010/08/14
【サイズ】A6判(文庫)
追放された姫は穢れた地上で偽りの生を生きる。
その美しさと狂気をその身に孕んだまま。
永遠の命をその身に宿したまま。
(本文一部抜粋)
/月の都
月にはうさぎが住むという。
うさぎは弱った老人に自らの身を捧げ、心打たれた帝釈天はうさぎを月へと昇らせた。
月はうさぎの住まう場所となり、月へ昇ったうさぎは餅を搗きながら雑多な地上の営みをただ優しく見守っている。
そう。
『月』はいつの世も手の届かぬ場所として天空にあった。
月を見上げる者たちは、その姿に多くの物語を綴(つづ)り、多くの恋歌を生み出し、多くの狂気を
見出してきた。
月の無い史実は無く、月の無い夜も無い。
人々の心を捉え続ける永遠の恋人のようなその存在。
無論、人間以外の者達にとってもそれは変わらぬ対象であり、そして人間以上に大切な存在でもあった。
常に隣にありながら、交わることの無い世界。
交わることがない故に、うさぎが餅を搗き煌々と夜を照らすその姿の向こう側に、本当の月の世界があることを人々は知らなかった。
その中で月は人間界とも幻想郷とも違う独特の文化を構築していった。
月の世界は地上の文明よりも、科学においても魔法においても進んでいたし、遅れてもいた。
それは地球のように雑多なモノを内包していない月だからこそ、無駄なものを排した結果なのかもしれない。
必要なものはより高度に、必要の無いものは驚くほど遅れたその文化様式は、それ故に神秘として地上に生きるものには見えるのだろう。
無論、普通に見ることが出来るものではなかったが。
ただ、決して手が届くことの無い存在に憧れ、一心不乱に片思いに耽(ふけ)っているのは地上に住
む者たちだけで。
月の住人にとって地上は穢れた場所であった。
地上の穢れは有象無象(うぞうむぞう)の生物を生み出し、月の狂気もまた地上に数多の妖怪を生み出した。
多くの影響を及ぼしながらもなお、ただ天空より見つめるだけの存在。
あくまで手は出さず、ただの傍観者(ぼうかんしゃ)として夜を映し出す存在。
その影響の代償を月に求めるのは果たして正しいのか間違っているのか。
月は地上に関心が無く、眼下に佇むその青い星を、景色の一端としか見ていない。
しかしそれでも無意識の罪が罪ではないと、誰も言うことは出来ないだろう。
月は地上に対して多くの影響を与えすぎた。
人々の狂気と憧れは、ついには月への進出を許し。そしてまた妖怪の中にも月への侵略を試みた者もいた。
ただの傍観者は無理矢理舞台へと担ぎ出され、そうして月は地上との望まない交流をしていくこととなる。
ただそれでも。
人間の侵略はあくまで月の表にのみ行なわれ、本当の月である裏側の月の都へは、科学を持って月へ飛来した人間では到底到達できないだろう。
そして秘術を持って侵略を試みた妖怪は、それ故に月の住人に敵うはずはない。
なぜなら地上の妖怪の多くは月からの魔力を源としているためだ。
純然たる月の住人は狂気を操り、ありえないほどの魔力と神秘をもって地上の妖怪をあしらった。
そうして月は今も平穏を保っている。
傍観者として見下ろすその先で、自らが産み落とした数個の種が地上に異変を起していることに気が付かないふりをしながら。
地上に降りた姫君と、天才と謳われた従者。
そして月を逃げ出した一人のうさぎ。
平穏を望むゆえに彼女たちが起した異変を、月はただ穏やかに見守っている──────
────── 地上に這(は)い蹲(つくば)って生きる民を蔑(さげす)みながら。